ローンチから2年弱で累計約13億円を調達した「AIR Design」のPMFを支えたのは、アクセラレータープログラム『B-SKET』で伴走した田所雅之でした。
AIを活用し、成果が出るクリエイティブを高速で制作・運用する「AIR Design」が、PMFするまでのストーリーについて、「AIR Design」を提供するガラパゴス代表の中平氏と田所の対談を通して振り返り、新規事業開発におけるリアルなプロセスと成功の秘訣をお伝えします。
(イベント当日の様子)
登壇者紹介
中平 健太氏
株式会社ガラパゴス 代表取締役社長
早稲田大学理工学部卒業後、インクス(現ソライズ)にて大手製造メーカーのプロセス改善コンサルティングに従事したのち、同期と共に2009年にガラパゴスを創業。デザイン産業のアナログな構造に起因するペインを解消するため、広告デザインを高品質・高速に制作するサービス「AIR Design」をリリースし、開始2年弱で300社に導入。デザイン産業の構造を変える「デザイン産業革命」の実現と、プロセスとテクノロジーで人がヒトらしくある世界を目指す。ICC スタートアップ・カタパルト 準優勝、G-STARTUP 優秀賞、B-SKET DemoDay MVT(最優秀チーム)、JSSA 優秀賞
起業初期こそ顧客のペインに取り組む
田所:
「プロダクト・マーケット・フィットへの道のり」ということで、今日はガラパゴス社のCEO、中平さんをお迎えしました。
SaaS業界のスタートアップとして急成長。「AIR Design」のローンチから2年弱で累計約13億円を調達するまでのプロセスを一緒に見ていければと思います。中平さん、今日はよろしくお願いします。
中平:
よろしくお願いします。
田所:
3年近く前になりますが、私が総監修を務めたアクセラレータープログラム『B-SKET』のBatch-2にガラパゴス社が入られたことが最初の出会いでしたね。当時は私の著書である『起業の科学』に書かれた内容をなぞるように課題を整理し、そこから一気に駆け上がるような流れを一緒に作っていきました。
PMF(プロダクト・マーケット・フィット)については、中平さんはすでに達成されている認識でしょうか?
(写真左:田所 写真右:中平氏)
中平:
まだPMFしたとは思っていませんが、おそらく来年、2022年の頭ぐらいには晴れて「PMFしました!」と言えると思います。
その見極めですが、僕たちは3つのKPI「新規の受注数」「継続率」「粗利率」を成立させるために2年間走り続けてきました。このなかの「継続率」がもう少し高まればPMFすると考えています。
ここまで順調に成長してこられたのは、技術力に頼りきるのではなく、顧客の課題に集中してきたことが要因と捉えています。
田所:
そう、技術力が高い会社だと、最初にプロダクトを作ってしまう傾向があるんです。仮にそれが顧客に刺さらなかった場合、自分たちが作ったものを正当化するために、お客様の課題をでっちあげる現象がよく起こります。
それを避けるためにも、まずは顧客の悩みに寄り添い、痛み(ペイン)が何かをよく理解する必要があります。『B-SKET』でも最初の2ヶ月はそこにフォーカスするようにしています。中平さんとのセッションの1回目やったのが、確かこの図でしたね(下記スライド参照)。
この図をホワイトボードに書いて、2時間ぐらい議論したんです。自分たちの顧客は本当は誰なのか、と。
一見するとすごく無駄で、面倒で、価値がなさそうに映る。でもこれを徹底できるスタートアップが最終的に生き残り、勝っていくんですよね。
中平:
これやりましたね、懐かしい。当時はデザイナー側と発注者側の、どちらの課題を解決するかも決めてなかったんですよね。
そこで関係者の方々に50人ほど集まっていただき、ヒアリングさせてもらいました。日々の業務プロセスのなかに、どんな悩みや痛み(ペイン)があるのかを聞き、可視化していきました。
このときにマーケット理解と顧客理解を徹底できたので、その後、自分たちの事業に自信と確信が持てたのだと思います。
田所:
ガラパゴスさんは、COOの島田さんとCTOの細羽さん、そして中平さんが毎回ミーティングに入られて、内容を全部記録に残していましたよね。実はこれがすごく大切で。
経営陣全体に出てもらうことで、腹落ち感が出るんですよ。もしも誰か一人でも欠けていれば、伝達のプロセスで漏れが出てきてしまう。皆が同じ景色をみて、一枚岩になって考えることがスタートアップの成長にもつながるわけです。
中平:
あれから2年が経ちますが、いまでも似たようなことを続けています。壁打ちをするときに必ずボードメンバー全員出席するんです。僕の考えをみんなが聞いているし、みんなの考えを僕も聞く。これって実は、一番効率がいいんじゃないかと思ってます。
起業家の役割は、潜在的な課題の言語化
田所:
顧客の課題にとことん向き合うことで、自分たちの思い込みで勝手にスコープを切っちゃう問題も避けることができます。自分たちはデザインの領域だから、このパターンだけでいいやってつい考えちゃうんです。
でもこれは起業家の誤謬で。実際に現場でヒアリングすると、業務プロセスの前後に必ず課題があるわけなんです。例えば、デザイナーがロゴを決定し納品するまでの長いプロセスで、余分や無駄が多かったりする。
でもデザイナー側は、自分たちのデザインプロセスを見直して標準化することが仕事じゃないので、そこの解像度を上げようとはなかなか思えない。当事者の方々は普段忙しいので、ノコギリを研がずに木を切る状態になっていたりする。
そこを言語化することに、起業家として大きなチャンスが眠っているんです。
中平:
僕たちの取り組みの一つに「ドクターGラボ」というプロジェクトがありました。自分たちでD2Cの商材を販売してみて、パフォーマンス見ていったんです。
マーケットを観察するうちに、通販やD2Cの会社が、広告のデザインやクリエイティブ、LP、バナー作りにどうやらペインを抱えているらしいとわかり。ただ、その痛みの程度は当事者にならないとわからないので、僕たちで通販事業者を実際にやってみたんです。
友達の会社からクレンジング商材を借りて、僕たちでLPを作り、バナー作って、広告配信してみた。……そうそう、これこれ。
田所:
面倒を感じるポイント、かゆいところ、孫の手がほしい的なところは、残念ながら言語化がされていない場合がほとんどです。でも起業家の仕事は、それを言語化することにあると思っていて。さらにそれを「定量化」できると最高なんですけれども。
ただそれって、第三者の立場がやっていたら遅いんです。解釈のズレも起きます。自分の感じた心の機微を他人に伝えることは、決して簡単なことではありません。
一見すると遠回りに見えることに起業家は着手し、制約や思考のフレームを外したうえで、ゼロベースで考えることで「こうしたらいいんじゃないか」と着想があるんですよね。
中平:
話を聞いていて思い出したんですが、僕たち最初の2ヶ月は「自分たちの技術が何であるか」について、1秒も会話してないんですよね。
ただただ、困っている人たちの真の課題が何なのかについてだけディスカッションしてた。とにかくピュアに、顧客のペインに集中したのが良かったように思います。
解約されない、使い続けてもらうSaaS
田所:
その次の段階で、とりあえず営業資料を作って、実際に売れるかどうかを検証しましょうと話をしましたね。作る前にまず売ってみようと。そこですぐにパターンを、ABCで3種類出してきたのはさすがだなと思いました。
中平:
実際にこれを回してみて、予想より効率よく課題解決ができそうだとわかり、これならいけると確信を持ち始めたのを覚えています。
田所:
そうですね。その一方で、SaaSという前提がある以上、使われないと意味ないよねっていう会話もしたと思います。どんな感じで利用者への導入を促し、満足度の高い顧客体験をしてもらうかを詰めていった。
そのときに、CHS(カスタマー・ヘルス・スコア)という、顧客がサービスを使い続けてくれる可能性を予測するための指標を用いて議論をしました。
例えば皆さんもコロナ禍で「Zoom」を使うようになり、便利だなとか、いいなって感じることがあったとします。私はこれを「頭のなかで電球が光る」と表現していて。じゃあこの電球はどうすれば光るのか、ということを定量的な数字を用いて、再現性高く標準化するのがCHSの役割になります。
「ラッキーパンチでうまくいった」というだけで踏み込んでしまうとスケールしないんです。残念ながら。
中平:
起業初期に田所さんからCHSを教えてもらって以来、僕たちはいまでもずっと数値を改善し続けてます。なぜ買ってくれるの? なぜ使い続けてくれるの? なぜ解約(チャーン)したの? ということを、定量的に評価し追っていると見えてくることがあります。
例えば、起業初期の頃のユーザーさんはもの珍しさだけで買ってくれたりします。「面白いでしょう?」みたいな表現で売れてしまう。でも時間が経つにつれて、だんだん実利顧客が増えてくると様子が変わってきます。「面白さはいらないよ。これ本当に役に立つの?」っていう具合に。
これらを細かに分析する習慣を初期の段階で身につけられたことは、現在の事業成長に大きく影響していると感じます。
売上が跳ね上がる、エグジットインタビュー
田所:
エグジットインタビューの大切さにも少し触れたいと思います。よくあるのが初回から年間で契約してしまうパターンで、私はこれをあまりお勧めしていません。そうではなく3ヶ月で契約してもらう。すると3ヶ月後に8割のユーザーが利用を止めるんです。
そこで「なぜ解約したんですか?」と聞くことが大切。
SaaSビジネスは特に「解約されないこと」が非常に大事なんです。だからこそ、解約理由を初期段階からていねいに集め、顧客の本音に触れていく。その学びがすごく重要なんです。
SmartHR社の成長をみるとわかります。最初はジリジリと伸びているのが、1億円の売上を超えた辺りから一気に伸び出したんですよね。もし最初から年間契約にしてしまうと、原因もよくわからないまま、12ヶ月後にみんな止めてしまって売上もジリ貧になってしまうわけです。
中平:
それでいうと、僕たちはいまでも3ヶ月契約なんですよ。結局サービスを進化させるのってトライアル回数しかないと思ってて。3ヶ月にすると、年間契約よりもシビアなジャッジを下される瞬間が4倍に増えるわけで。
もちろん、すごく苦しいんですよ。解約されて売上は下がるし、チームの空気も悪くなる。でも先を見て考えると、早いうちに強固なサービスにすることで先が楽になる。それがわかっているから、2年が経ったいまでも初回は3ヶ月契約からなんです。
売れる・売れないの議論は、意味がない
田所:
アクセラプログラム『B-SKET』の後半、6月頃に「1社獲得できました」という報告がありましたね。
中平:
「売れるか・売れないか」が分からない。こういう議論は意味がないと思っているので、とにかく1件売ろうと話していたんですよね。
コンセプトが出来上がり、技術やテクノロジーの力は借りられないけれど、人力でどうにかサービス提供できますって状態で、月額20万かそのあたりで売ってみたんです。それでもし売れなかったら、この事業は止めようって決めていて。
マーケットにそもそも受け入れてもらえない可能性は当然ありますから。でもそれでアポ取って売りに行ったら、売れたんですよ。じゃあこれいけるねってなって、勢いが増していった。
田所:
『B-SKET』で僕は28社指導しましたが、中平さんのピッチが一番良かったです、本当に。投票も毎回拮抗するんですけど、ガラパゴス社だけは7割の票を得票して圧勝だった。
皆さんPMFという言葉を気軽に使いますけど、そんなに楽じゃないのです。中平さんのチームは、顧客以上に顧客の課題を知ることに取り組んだからこそ、現在グッと伸びているわけです(下記図参照)。
2019年9月の正式リリースから、初めての資金調達が2020年の4月にありましたね。そのあたりの話もしていきましょうか。
合計13億円の資金調達に成功したワケ
田所:
『B-SKET』Batch-2の卒業生が28社いて、累計調達額が46億円なんですけども、そのうちの11億円をガラパゴスさん1社で占めています。
中平:
当時、55社のVCさんと20人ほどのエンジェル投資家を回って、9割5分断られました。なんとか6社の皆様にお金を出していただけて、2億2000万円を資金調達することができた。これが1回目、2020年4月のプレシリーズAの話です。
あのとき、MRR300万円で、バリュエーションを10数億円を付けたんです。トラクション出てないのに高すぎる、みたいなご意見もありました。妥協はよくないけど、高すぎても誰も相手にしてくれない問題があり、悩みどころでしたね。
田所:
僕もVCを4年ほどやっていましたが、シリーズAやプレって一番難しいんですよね。
ちょっとプロットしてみたんですけど、縦軸が仕組み、横軸が定量・定性です。おそらく初期ってこんな感じなんですよね。
プレシリーズのときは「潜在市場の見立て」がかなり重要になります。
例えば、2021年に起業するっていうときに、一番やってはいけないのが2019年にPMFしているとか、ピークアウトしたモデルですっていう状態。そうではなく、2023年や2025年に市場がこう変わってくるので、圧倒的に需要に対してここの供給が足りなくなります、という見立てが大事なんです。
中平:
う~ん、なるほど……。
田所:
あとは、実行力という話もあります。これは何かというと、プロのVCは定点観測するんです。言い換えればスナップショットで投資しないという原則があって。
例えば今日ピッチをして「出資してください」って言っても、絶対通らないわけです。その代わり、1ヶ月でどれだけ成長しているかって部分を見るんですよ。
仮に「我々は月20%で成長します」と風呂敷を広げたにもかかわらず、1ヶ月後に会ったときに成長率が10%だったら「こいつ風呂敷広げただけだな」と思われてしまう。でも実際に25%伸びていますとなれば、評価も上がるんです。
中平:
それでいうと、僕たちはプレで2億2000万、シリーズAで10億8000万の合計13億だったんですけど、2回目の資金調達の成功は明確な背景がありました。
もともとプレAで出資をしてくださった3社のVCさんが前回よりも大幅に金額を上げてくれたんです。その流れから新規の投資家さんも乗ってくれた。
それと、VCの方々が僕たちを評価してくれているポイントの一つに、バッドニュースファーストがあると思ってます。悪いニュースをさっさと言うことで、株主さん、VCさんとの信頼関係を構築できていると考えているんです。
田所:
調達したら終わりではなくて、結局インベスター・リレーションズが大事という話です。株主ミーティングの設計にもつながりますが、KPIの報告だけじゃダメで。
私がVCをしていた経験から話すと、何十社とミーティングをする際に「いいこと」だけを話す会社はあまり印象に残らないんです。でも「課題があるので動いてほしい。ハンズイフで、いまがイフの状態なのでやってください!」というと、やっぱり動くんです。
そういう意味で、経営陣がちゃんと意思決定するために課題を素早くだせることは重要なポイントで、やっぱり評価につながると思います。
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ということで、今回は「シリーズAで11億円を集めた事業のプロダクト・マーケット・フィットへの道のり」というテーマで、株式会社ガラパゴスの代表、中平健氏と弊社代表田所が対談をいたしました。
「スタートアップはどうすればPMFできるのか」、そのヒントを掴んでいただけたら幸いです。