国際協力機構(JICA)によるスタートアップ支援プロジェクト「ネクスト・イノベーション・ウィズ・ジャパン(NINJA)」が主催する研修「NINJAスタートアップ能力開発トレーニング」が、2023年9月20日〜23日の4日間にわたり開催されました。
開催地は、アフリカの北東部に位置するエチオピア連邦民主共和国(以下、エチオピア)。ユニコーンファームからは、田所雅之と國安雄が講師として参加し、4日間のうち2日間の研修を担当しました。
主な参加者は、民間・大学のスタートアップ支援者、エチオピア革新・技術省(MInT)スタッフ、アディスアベバ市行政、教育省など約40名が参加。エチオピア現地の研修に踏み切った背景のほか、研修当日の様子について田所と國安の2人に語ってもらいました。
代表取締役CEO 田所 雅之
日本と米国シリコンバレーで合計5社を起業してきたシリアルアントレプレナー。現在は、株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEOとして国内外のスタートアップ数社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務める。『起業の科学』の著者。
コンサルタント 國安 雄
ドイツにてミュージシャンとして活動後、エンジニアに転身。日本、北米そしてアジアにて基盤運用、セールス戦略、事業開発を担当した。スペインIEビジネススクールにMBA留学後、AI戦略、新規事業のコンサルティングに携わる。2021年、ユニコーンファームへ参画。
ユニコーンファーム 田所(写真右)と國安(写真左)
エチオピアの現地へ赴いた理由とは?
──まず、今回の研修に講師として登壇することになった背景を教えてください。
田所:ユニコーンファーム主催の『スタートアップアドバイザーアカデミー』に参加している受講生の一人がJICAで働いていまして、そのつながりからお問合せをいただきました。
JICAはケニアやナイジェリアのようなスタートアップが盛んな新興国だけでなく、アフリカ全土に対してさまざまな研修やプログラムを実施しています。今回はその中の1つであるエチオピアで研修が実施されるとのことで、今回の登壇依頼に至ったわけです。
──田所さんはなぜ、今回のお仕事に興味を持ったのでしょうか?
田所:今、アフリカのスタートアップ市場に注目が集まっています。本やインターネット、オンラインを通じた情報収集は可能ですが、現地に行かなければわからないことも当然あるわけです。それも観光ではなく、最前線で働く人たちとコミュニケーションをすることに意味があると思っていまして。
アメリカやヨーロッパだと、これまでの経験からイメージできることも多いのですが、アフリカは全然想像ができなかった。こうした背景もあって、今回のお仕事にはとても興味がありました。
──國安さんはどうですか?
國安:僕も田所さんと同じ動機で興味を持ちました。個人としてはアメリカに住んだ経験があり、ヨーロッパの大学も出ていて、アジアではビジネスも経験しています。それなのに、ビジネスチャンスにあふれるアフリカには行ったことがなかったんですよね。お話をいただいた時にこれは良い機会だと思い、手を挙げさせていただきました。
そしてもう1つ、ユニコーンファームが日本で展開している『スタートアップ大学』の内容が海外で通じるかどうかも検証したかったんです。今回はスタートアップ大学で伝えている内容の一部をアレンジしてお伝えしました。結果的に現地の方からも良い反応が得られ、大きな手応えを得ることができました。
肌で実感することに意義がある、インフラ投資の重要性
──2日間の研修は、どのような内容だったのでしょうか?
田所:起業家マインドをインストールするような内容をお伝えしました。形式はレクチャーではなくワークショップ形式。ディスカッションの時間も豊富に用意しました。
私はよく「自転車に乗れなければ、自転車の乗り方は教えられない」という話をするのですが、それと同じで、スタートアップの支援をしている方々には一度、起業の疑似体験をしてもらうことが大事だと思っているんですね。そうした意図もあり、研修当日はリーンキャンバスでビジネスモデルを描いてもらったり、未来志向で戦略を描いてもらったりしました。
國安:未来志向に関する部分では、アフリカを代表する企業「M-PESA(エムペサ)」や「Zipline」の事例を扱いながら、私からもお話をさせていただきました。田所さんが概念的な話や専門的な理論を伝えたあと、私が事例を交えながら解像度を上げるための説明をする、という役割分担だったのかなと思います。
田所:テクニカル・スペシャリストとしても、活躍してくれましたよね(笑)。
──テクニカル・スペシャリスト!?
田所:エチオピアはまだインフラが十分に整備されていない国なんですね。我々が滞在したリゾート地の高級ホテルも、1時間に1回は停電がありました。國安さんはそのたびにZoomをつなぎなおしたり、プロジェクターの調整をしたりとサポートをしてくれたんです。
國安:停電が起きると参加者の方が休憩目的でどこかに行っちゃうんですよね。研修がスムーズに進行するように、学校の先生的なことをしてました(笑)。
田所:この停電を経験したことは、我々にとって貴重な経験でした。発展途上国へインフラ投資をすることの重要性を頭ではなく肌で理解できたと言うか。エチオピアでの現地体験は、アフリカでスタートアップを興すための重要なヒントを我々に与えてくれたように思います。
アフリカの「加速度的な成長」の裏にある課題とは?
──現地に足を運んだからこそ得られたエピソードは、ほかにもありますか?
國安:リープ・フロッグ(途上国や新興国で新しいデジタル技術が一気に普及する現象)を、至るところで経験できたのが印象に残っています。例えば、日本では固定電話から始まり携帯電話が普及しましたが、アフリカは情報インフラが未整備の状態からスマートフォンが広がりました。こうした事例をこの目で見て体験できたのは貴重な経験です。
田所:一方で、加速度的な成長の裏では「産業の空洞化」も起きていると感じました。実感したのはホテルをチェックアウトした時のことです。決済時にクレジットカードリーダーが10台も用意されていたんです。1台目で反応がなく、2台目も反応がなく、8台目でようやく決済ができたんですね。
これ、何が起きているのかというと、メンテナンスできる人がいないんですよね。日本人の感覚だと修理して使うことが当たり前ですが、エチオピアはそうじゃない。ホテルの停電にしても、発電機の用意はあるけれど使いこなせるスタッフがいないという状態でした。
國安:僕は日本がODA(政府開発援助)しているベトナムで4年ほど生活していた経験があります。そこでは適切な運用がされていたと感じていました。日本人の技術者が現地の人と一緒にインフラ整備をしているので、作って終わりということがなかったのだと思います。
田所:国際協力のやり方にも「魚を与えるパターン」と「魚の釣り方を教えるパターン」の2種類があって、國安さんのベトナムでの経験は後者の話ですね。今回の研修を主催したJICAは魚の釣り方を教える運用支援が得意だと感じているので、今後が楽しみです。
「1960年代・日本」のイノベーションがエチオピアで
──お話を聞く中で、課題がある一方でビジネスチャンスも多い国だと感じました。お2人は今後の、エチオピアの経済的発展についてどうお考えですか?
國安:これからの経済成長がとても楽しみな国だと思います。人口は日本と同程度ですが、平均年齢が24歳(※1)です。しかも都市部に人が集中しているわけでもない。こうした定量的な数字からもビジネスが発展する機会が多いだろうと感じます。
田所:2023年現在だと、日本人の平均年齢は47.9歳(※2)で、購買率が一番高い世代も50代前後というデータもあります。対してエチオピアで購買率が高い年齢層は、20〜30代になることでしょう。この状況は、日本でイノベーションが起きた1960年代と似ていると思っています。例えば、ホンダがスーパーカブを発売したのは1958年です。日本人の平均年齢は当時29歳前後(※3)でした。
──日本を代表する企業が創業された時期なんですね。
田所:70年代に入ると、ソニーがウォークマンを発売しています。当時の日本人の平均年齢は35歳前後(※3)で、購買力のある若い年齢層でイノベーションが起きていたことがわかります。エチオピアにもこうした土壌が作られつつあると考えています。
國安:別の観点では、エチオピアに流れる文化がとてもいいなと感じました。ジャズは世界的に有名ですし、現地で飲むエチオピアコーヒーもすごく美味しかった。食事も特徴的ではありますが、日本人の好みに合うんじゃないかなと個人的に感じています。こうした素晴らしい文化をほかの国にどうやって知ってもらうかを考える。こうした視点を持つだけでも今後のビジネスが大きく変わってくる気がします。
──エチオピアが経済発展していくために、大切なポイントはどこにあると思いますか?
田所:ビジネスの成功事例が生まれることが、次の展開で重要になると思います。中国のジャック・マーやアメリカのイーロンマスク、日本の孫正義さんや柳井正さんのような起業家が出てくると、起業家のモチベーションがさらに高まり経済発展も見込めるのではないでしょうか。
というのも、今回の研修中にPEST分析(自社を取り巻く外部環境が、現在もしくは将来的にどのような影響を与えるかを把握・予測するためのフレームワーク)をした時に、参加者の多くが課題として「Work ethic(労働意欲)」と答えたんですね。
経済規模が小さく、外国資本を入れるタイミングが難しいことから、政府主導でビジネスが牽引されていることに関係があると感じました。こうした状況も、スタートアップの成功事例が誕生することで解消され、産業の土壌が育っていくのではないかと思います。
※1…人口統計資料集(2021) より引用
※2…日本の将来推計人口 より引用
※3…国土交通省 第1節 大きな変化の中にある日本 より引用
「英語コンテンツの充実」と「新興国のスタートアップ投資」にフォーカス
──エチオピアでの体験を踏まえた、今後の展望を教えてください。
田所:2つ描いていることがあります。1つはユニコーンファームの研修を海外展開していくこと。今回の研修で世界にも十分通用するコンテンツだと検証することができましたので、活動の範囲を英語圏へ積極的に広めていこうと考えています。
國安:ユニコーンファームで講義した2日間の内容は、とても評判が良かったんですよね。自分たちの知らなかった視点・観点が多く、「眼が10個に増えたような感覚だ」という参加者からの嬉しい声もありましたよね。
田所:2つ目はアフリカのスタートアップに投資をして、ハンズオン支援をすることです。日本で馴染みのあるビジネスモデルを、そのままアフリカで実装するだけでもビジネスを急拡大できる可能性があります。
エチオピアは新興国としても伸びているし、スタートアップが伸びる土壌もある。ダブルで成長する土台があるので、今後に期待できると考えています。
──最後に読者に向けてメッセージをお願いします。
田所:スタートアップと一言で表しても、起業家もいればエコシステムを支援する人や団体など、周辺にはさまざまなステークホルダーが相互に作用しています。そこに対してユニコーンファームが提供しているのは、起業家の成長支援やサポートをする方々のキャパシティやケイパビリティを上げていくことです。
日本語でできることは可能なかぎり挑戦できていると思うので、今後は英語のコンテンツも届けられるようリソースを増やしていきたいと思っています。お問合せをいただけましたらご支援できますので、ぜひご相談ください。
──田所さん、國安さん。本日はありがとうございました!