こちらは、【7/28 コミュニティ限定・田所対談】スタートアップのリアルを聞く!ピボットのリアル 〜株式会社ネクイノ代表取締役 石井 健一氏〜のイベントレポートです。
婦人科領域に特化したオンライン診察プラットフォーム「スマルナ」が好調の株式会社ネクイノ(以下、ネクイノ)。アプリのダウンロードは累計87万件(2022年8月時点)に到達し、社員数も100名超と拡大中。2016年の創業から累計の資金調達額は約35億円とステークホルダーからの期待も高い。
まさに邁進中のネクイノ。しかし、「スマルナ」をリリースした直後の舞台裏では、田所によるメンタリングによって、軸足を変えない事業転換(ピボット)などのブラッシュアップが行われていた。
今回はネクイノの代表取締役 石井健一氏と、田所による対談を実施。プロによるスタートアップ支援を受けることによって、どんなことが得られるのか。ネクイノ創業期から現在に至るまでのストーリーとともにお伝えする。
写真右・株式会社ネクイノ 代表取締役 石井 健一氏
登壇者紹介
株式会社ネクイノ 代表取締役 石井 健一 (いしい・けんいち)
薬剤師・経営管理学修士(MBA)。2001年に帝京大学薬学部卒業後、外資系製薬会社アストラゼネカに入社。2005年よりノバルティスファーマにて、医療情報担当者として臓器移植のプロジェクトなどに従事。2013年に関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科院を卒業。医療系コンサルティングファームの代表取締役を経て、2016年6月に株式会社ネクイノ(旧ネクストイノベーション株式会社)を設立。
「世界中の医療空間と体験をRe▷designする」というミッションのもと、ICTの活用により医師、看護師、薬剤師などの医療者と生活者をつなぐことで、診察だけでなく健康管理支援から未病対策など利用者の生活スタイルや健康状態に寄り添うサービスの提供を目指す。
株式会社ネクイノ、創業ストーリー
ユニコーンファームの提供サービスであるスタートアップ経営塾の限定コミュニティのイベントに登場したネクイノの石井氏。今回は、軸足を変えることなく事業の方向転換を行う「ピボット」に着目した対談が行われました。冒頭は石井氏個人のプロフィールとともに、ネクイノ創業期のお話を伺っていきます。
田所:
まずは簡単に石井さんのプロフィールをお聞きしましょうか。僕は現在関西学院大学大学院の客員教授をしていますが、石井さんも関学の大学院を出ていますよね。
石井
ご紹介ありがとうございます。私は2001年に帝京大学の薬学部を卒業し、新卒でイギリス系の製薬会社・アストラゼネカに入社しました。そのあとにスイス系の製薬会社・ノバルティスファーマに転職しています。
関西学院大学の大学院に通い、卒業したのが2013年ですね。同年に医療系コンサルティングファームを立ち上げて独立をした経緯があります。その頃は大企業に向けて、「2025年 医療の未来」というタイトルの700ページにおよぶ提案書を作成してプレゼンをする日々でした。まだ4Gもなく、IoTという言葉も耳馴染がない時期ですね。
その後、2015年にレギュレーション(規制)の緩和でオンライン診療、当時の表現で遠隔医療が可能となったことを受け、ネクイノの創業を決めました。
以上が起業するまでの大筋になります。プライベートなところでは、ダイビング、ロードバイク、ゴルフや競馬を趣味で楽しんでいます。1978年の埼玉県生まれ、今年で44歳になります。
ですので、ITのスタートアップの中ではどちらかというと、おっさん属性があるキャリアになっています(笑)。
あっという間に溶けた7,000万円と、その原因
石井氏が一通りの自己紹介を終えたのち、二人はネクイノ創業後から「スマルナ」をリリースするまでのアーリーステージの話題へと話を移しました。また、同時期に出会った田所とのメンタリングの様子にも触れていきます。
田所:
先ほど、規制緩和によりオンライン診療が可能になったことを受けてネクイノを創業したとありました。実際に起業するにあたって、どこから始めようと思いましたか?
石井:
医療系スタートアップの企業が3億円、8億円、11億円と資金調達をしていた時期でもあったので、ほかのプレーヤーと同じことはしないぞと決めていました。徹底的に差別化にこだわったんです。普通にやっても勝てませんから。
そこで目を付けたのが、コンプレックス産業を始めとした、いくつかの領域です。
石井:
上記スライドの左図にあるように、一定の条件が重なる箇所をリサーチしました。そこで出てきたのが、生物学的男性向けの商材(EDやAGEなど)と、生物学的女性向けの商材(ピルなど)、そして性別問わずの領域として花粉症の市場を選定しました。
結論としては、男性向けの商材と花粉症向けのプロダクトは大ゴケします。具体的に花粉症向けサービスについては、私たちが「花粉症になって病院へ行く患者さん」をユーザーとして想定していたことに敗因がありました。実際にリリースしてみると、私たちのプロダクトに興味を持ってくれる人の大半が、ドラッグストアで花粉症の薬を買う人たちだったんです。
簡単に説明すると、私たちのプロダクトを利用してオンライン上で診察をした場合、「鼻水が出ている」というだけでは薬を出すことができません。しかし、ドラックストアであれば自分で自由に買うことができます。このギャップが大ゴケの要因だったわけです。
2017年10月にシードラウンドで資金調達をした7,000万円をあっという間に溶かしてしまい、2018年4月の段階で会社の残高は50万円になりました。次の資金調達のためにもトラクション(注1)が必要なので、慌ててローンチしたのが「スマルナ」だったんです。
(注1…顧客数やアクティブユーザー数の増加率など、サービスの成長を予期させる進捗や勢いを表す指標のこと)
田所:
僕のところに石井さんが来たのもちょうどその頃でしたね?
石井:
そうです。プレシリーズAの調達がまもなく完了するタイミングでした。お金の心配がいったん落ち着き、精神的には安定していました。ただ課題は山積みでしたので、田所さんの塾(スタートアップ経営塾の前身)に参加し、アドバイスを求めることにしました。
ピボットの成功により急成長を果たした秘訣は?
シードラウンドとして7,000万円を調達するも、課題解決のソリューションがズレていたことから、あっという間に資金を溶かしてしまったというネクイノ。2018年に「スマルナ」をリリースし、プレシリーズAの調達を終えたタイミングで石井さんは田所の元へアドバイスを求めます。具体的にどのような助言があったのでしょうか?
田所:
当時、僕のところへ来た時に相談した内容、覚えてますか?
石井:
とても良く覚えています。CxO(シー・エックス・オー)の役割をどうすべきかの相談をしました。「スマルナ」は、ピルの相談から診察・処方までスマホでできるオンライン・ピル処方サービスです。つまりユーザーが女性にかかわらず、開発側のネクイノの役員は3人とも男性という構造になっていました。
コミュニケーションやUX(注2)の仕事を誰が担っていくかが課題だと思っていたんです。でも田所さんから実際にいただいたアドバイスは「プリンセス・マーケティング」と呼ばれる、女性心理に特化したマーケティング手法に関するものでした。
全く予想していなかったアドバイスでしたね(笑)自分たちで、うまくいくであろうセグメントを見つけるところまではできたので、あとは経営者としての専門的なスキルが必要なのではないかと思っていたのに、田所さんからは、女性心理について理解するように言われた時のことは、今もよく覚えています。
(注2…製品やシステム、サービスなどの利用を通じてユーザーが得る体験を表す言葉。ECサイトで商品を購入し、また買いたいと思うまでの流れなどを指す)
田所:
「CxOをどうしたらいいか?」と相談されたわけですが、スタートアップ初期の強みって結局は、それぞれの役割が混ぜ合わさって暗黙知が形成されることなんです。つまり、例えば自分はCOOだからCTOのやってることは分からない、みたいな状況になってしまうとイノベーションを起こす力が削ぎ落されてしまうんですよね。そこでまずは会社全体で「プリンセス・マーケティング」を実践することを伝えました。顧客像を理解していない経営者はPMFを達成することができません。
石井:
田所さんとLPのデザインをどうしようかとディスカッションをしていた頃、ネクイノとしても大きな転機が訪れます。大学生の女性がインターン生として入ってきたんです。
石井:
彼女をペルソナに設定して、「スマルナ」で提供してほしいことをインタビューし、言語化していったんです。さらに女性の友だちを紹介してもらいながら、最終的に10代〜40代の女性200名ほどにヒアリングすることができました。今となっては笑い話ですが、喫茶店で40歳近いおじさんが「生理について教えてください」と言うわけですから、一歩間違えたら危なかったですよね(笑)
田所:
(笑)。でも実際にどのようにしてインサイト(注3)を引き出したんですか? 下手をするとハラスメントとして扱われてしまうリスクもあったと思いますが。
(注3…消費者の気持ちを洞察し、それに必要なもの、ことなどを発見すること)
石井:
仮説を持って臨みました。「私たちはこう仮説を立てたのですが、合ってますか?」という話し方をしたんです。すると相手も合っているのか違うのか、違うのなら具体的にどこに違和感があるのかを確認することができます。
田所:
非常に重要なポイントですね。「なぜピルを飲まないんですか?」という聞き方をしても、相手は言語化の専門家ではないので言葉に詰まってしまいます。相手が答えやすいように導線を引いてあげる。その方法として仮説を立ててぶつけてみるのはいいですね。
あともう1つ、インサイトの獲得を外注するスタートアップもいますが、絶対にやってはいけません。メラビアンの法則で、言語で伝わるのは7%に過ぎないという法則があります。それ以外の93%の情報は聴覚や視覚から得るわけです。この、言語以外の部分からインサイトを発見できるのがスタートアップ最大の強みとも言えます。
石井:
田所さんのアドバイスに従い、徹底的に女性の悩みをヒアリングしていきました。最終的に、今回のテーマである「ピボット」の成功に至りました。
オンライン診療という軸足は変えず、商材を男性向けのものから女性のものへ変える。成功の裏にはターゲットユーザーへのインタビューからのプロダクトの修正の積み重ねがあったわけです。これが2018年6月の出来事です。
今でも覚えていますが、女性向け商材としてピルを扱うことに、VC(ベンチャーキャピタル)を含めた周囲は大反対だったんです。絶対にうまくいくわけがないと。しかしフタを空けてみたら大成功という。この時に得た教訓は「周りがダメというものほど成功する可能性がある。ダメな理由を一つひとつ消していけば勝てる」ということ。今でも強くそう思っています。
現在「スマルナ」は、10代〜30代の方々を中心にご利用いただいており、アプリのダウンロード数は累計87万件を突破しました(2022年8月時点)。
PMF達成を控えたネクイノが目指す未来
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000021661.html
2018年に男性向け商材から女性向け商材に「ピボット」したネクイノは、これまでの4年間でアプリのダウンロードは累計87万件(2022年8月時点)、累計約35億円の資金調達に成功しています。改めて今後の展望について田所さんが投げかけます。
田所:
初めて僕のところに相談に来たのが2018年です。あれから4年が経ち、おそらく国内で一番大きなオンライン診療のサービスになっているのではないでしょうか。スタートアップとしても大きく成長したネクイノですが、PMF(注4)つまり、プロダクト・マーケット・フィットを達成したと捉えていますか?
(注4…想定カスタマーが熱烈に欲しがるものを実現できる状態を指す)
石井:
私の感覚では、まだPMFはしていない。でも匂いはしている。少なくともお客様に選んでもらえる環境にはあると思っています。本当のPMFはもう少し先だと思っていて、ビジョンムービーにあるような未来を実現できた時、本当のゴールに近づくのかなと考えています。
田所:
改めて振り返ると、石井さんは本当に素直だったというのが当時の印象です。単に素直なのではなく、あらゆる構造を理解した上で素直だった。もしどこかが歪んでいると知れば「歪んでますよ」と素直に、実直に言えるスタンスがある。それが今も変わっていないのがすごいと思うんです。その姿勢に社員もついてくるんでしょうね。
さいごに
株式会社ネクイノ代表取締役 石井氏をお招きしてのイベント・レポート、いかがだったでしょうか。一度は7,000万円を調達するものの、対象ユーザーとサービスのミスマッチによって資金をあっという間に溶かしてしまったネクイノ。しかし、男性向け商材から女性向け商材へと「ピボット」したことにより事業は急成長。わずか4年でPMF達成間近というフェーズに辿り着きました。
今回の「ピボット」は、正確には「カスタマーセグメント・ピボット」という影響力が最大に発揮される事例でした。スタートアップの起業家は、自らのアイデアを適切に見定めることが求められると同時に、必要に応じて起業家支援のプロフェッショナルにアドバイスを求めることの重要性にも触れられたのではないでしょうか。
最後にお知らせです。
スタートアップメンタリングについて
ユニコーンファームでは、支援実績3,000社、累計約 60億円 の資金調達を達成した、スタートアップメンタリングを実施しています。無料相談も受け付けておりますので、ご興味がある方はぜひお問い合わせください。